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札幌地方裁判所 昭和44年(行ウ)32号 判決

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一双方の申立て

(原告ら)

被告が昭和四四年九月五日付でした札幌市光星住宅地区改良事業計画の認可処分は、これを取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二原告らの主張

(請求の原因)

一  被告は、札幌市の申請にかかる同市光星住宅地区改良事業の事業計画を昭和四四年九月五日付で認可した。この事業計画では、同市北九条東六、七丁目、北一〇ないし一二条の各東七ないし九丁目および、北一三条東八丁目が施行改良地区(以下本件地区という)に指定されている。

二  原告碓井両名は本件地区内に土地および家屋を所有して居住し、原告石井は同地区内に土地を所有するものであるが、原告らは、いずれも同年九月一七日頃札幌市の掲示によつて右被告の認可処分のあつたことを知つた。

三  被告のした本件事業計画の認可処分は、以下の理由によつて違法である。

(一) 札幌市が公表している本件の事業概要によれば、「施行面積二・五二ヘクタール、対象戸数約七三〇戸」とされている。

そうすると、住宅地区改良法施行令四条四号所定の「一団地の面積に対する一団地内の住宅の戸数の割合」は一ヘクタール当り六三戸にしかならず、また、右対象戸数のうち「不良住宅」に該当すると判断されるものは約一五〇ないし一八〇戸にすぎないから、同条三号所定の「一団地内の住宅の戸数に対する不良住宅の戸数の割合」は二割強にすぎず、したがつて、いずれも住宅地区改良法四条所定の基準に達しないことが明らかである。

(二) しかも、本件地区は、地主の住宅や商店、病院等が存在する健康にして平和な地域であつて、同法条にいわゆる「不良住宅が密集して、保安、衛生等に関し危険又は有害な状況にある一団地」などではないのである。

四  よつて原告らは、右違法な認可処分の取消しを求める。

(被告の主張に対する反論)

本件認可処分が抗告訴訟の対象となる行政処分ではないとの被告の主張は、以下の理由によつて失当である。

(一)  住宅地区改良事業は、地主を例にとるならば、地主から土地を奪つて私法上の新しい権利関係を形成する(新しい街を建設する)ことが目的であり、その地区の地主が自己の所有地を一部道路に提供するにとどまる土地区画整理事業とは基本的に性質の異なる事業である。

(二)  このために、住宅地区改良法は、改良地区としての指定について政令で定める基準に該当することを要求し(同法四条)、その基準は詳細である。これは、明らかに行政的裁量を一定基準で抑制しているのであり、もしも、これに違反した行政行為が司法審査の対象外であるとするならば、右の基準が設定された意味を全く理解することができない。

第三被告の主張

(本案前の申立ての理由)

被告が原告ら主張の事業計画を、その主張の日付で認可したことは認める。しかしながら、右事業計画の認可行為は、抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。

すなわち、住宅地区改良事業は、その事業計画の認可後、施行者(原則として市町村)において、改良地区内の不良住宅の除却および土地の整備をし、改良住宅を建設して一定の者をこれに入居させ、また公共施設の管理者等所定の者に整備完了した土地を引渡すことによつて完成するものがあるが、施行者が右改良事業の施行のために改良地区内の不良住宅や土地等を収用する場合には、改めて土地収用法所定の事業の認定から収用の裁決に至る一連の手続を経なければならないのであつて、事業計画自体は、高度の行政的、技術的裁量によつて一般的、抽象的に決定されるところの事業の青写真としての性質を有するにすぎず、したがつて、その認可は特定個人に向けられた具体的な処分とは趣きを異にし、私人に対し直接その権利義務に影響をおよぼす効果を生ずるものではない。このことは、住宅地区改良事業の事業計画とその事業の内容こそ異なるとはいえ極めて類似した性質をもつ土地区画整理事業について、最高裁判所大法廷が昭和四一年二月二三日にした判決によつても明らかなところである。

理由

一  被告が札幌市の申請にかかる同市光星住宅地区改良事業の事業計画を昭和四四年九月五日付で認可した事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで本件訴えの適否について判断する。

住宅地区改良事業の事業計画は、不良住宅が密集して保安衛生等に関し危険又は有害な状況にある相当規模の一団地で、建設大臣の指定のあつたもの(改良地区)について、当該地区内の不良住宅の除却および健全な住宅地区の形成のため必要な土地の整備を行い、改良住宅を建設する等健康で文化的な生活を営むに足る住宅地区を建設し、もつて公共の福祉に寄与することを究極の目的とする本事業施行のために、住宅地区改良法六条所掲の基礎的事項について、同法、同法施行令および同法施行規則の定めるところに従い、長期的見通しのもとに、高度の行政的、技術的裁量によつて、合目的的、一般的、抽象的に立案されるところのものであるから、それは、いわば本事業の設計図ともいうべき性質をもつにすぎないものである。そして、本事業の施行者は、事業計画が認可されるとこの計画に基づいて当該地区内の不良住宅の除却、土地の整備、改良住宅の建設等現実の事業を進めることになるとはいえ、事業計画それ自体では、未だその遂行によつて当該地区内の住民や土地建物の所有者等の利害関係者の権利義務にどのような変動を及ぼすかが必らずしも具体的に確定しているわけではなく、(この計画は、変更されることもある-同法五条二項参照)施行者が本事業施行の過程で不良住宅や土地等を収用する必要がある場合には、改めて土地収用法所定の手続を経なければならないのである。したがつて、右のような事業計画が建設大臣によつて認可されたとしても、その認可行為は、本事業が前記のように積極的に国民の福祉の増進を図ることを目的とした公共性の高い事業であるところから、監督官庁の施行者に対してする行政庁相互間における内部的意思表示にすぎないものと解されるのであつて、この認可行為が直接国民の権利義務に具体的な変動を与える行政処分であるということはできない。

もつとも、建設大臣が本事業の事業計画を認可したときにはその旨を官報に告示することを要し、かかる告示があつた日後においては、改良地区内において土地建物等を所有する者は土地の形質の変更等について一定の制限を受けることにはなるが、これは、当該事業計画の円滑な遂行に対する障害を除去するための必要に基づき法律が特に付与した公告に伴う附随的効果に止まるのであつて、事業計画の認可ないしその告示そのものの効果として発生する権利制限とはいえず、しかも、右のような形の権利の制限は、それ自体未だ抽象的な可能性の域を出ないものであるから、本事業計画は、それが告示された段階においても、特定個人に向けられた具体的な処分とは趣きを異にし、改良地区の利害関係者の権利義務に対して直接に影響を及ぼす性質のものではない。

してみると、被告の本件事業計画の認可は、本件地区内に土地および家屋等を所有するという原告らに対し、直接その権利義務に影響を及ぼす効果を生ずる行政処分ということはできないので、右認可の取消しを求める原告らの本件訴えは不適法なものといわなければならない。

三  よつて本件訴えを却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 羽石大 福島重雄 石川善則)

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